ぶどうの木のいのち

デレク・プリンス
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*First Published: 2008
*Last Updated: 2026年3月
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イエスは自分をぶどうの木、私たちを枝と呼びましたが、全体に命を与える樹液は何でしょうか?聖霊が神の命そのものであり、あなたに流れ込んで実を結ぶ人生を可能にすることを知りましょう。
人生の中にイエスを得ている重要性を説明するために、イエスはぶどうの木と枝についてのたとえを用いました。(ヨハネ15:1-8。)5節でこう言っています。「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。」イエスは非常に具体的に語り、全体像を解釈する際のヒントを与えてくださいました。
イエスご自身がぶどうの木であることです。ぶどうの木が生きて実を結ぶには、樹液が必要です。樹液は、根から幹を通って枝に流れ込む栄養源です。しかし、もし樹液が枝まで行き届かなければ、枝は枯れ、実を結ぶことができません。ぶどうの木のいのちの鍵は樹液で、それは聖霊を表しています。ローマ人への手紙8章10節でパウロはこう言っています。
キリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、御霊が義のゆえにいのちとなっています。
私たちは、自分の罪のゆえにキリストの死を経験しました。しかし、キリストの死を経験した私たちは、信仰によって与えられたキリストの義のゆえに、キリストのいのちに入るのです。(ローマ6:6-8参照。)そして、キリストの義を得ていることで、私たちはキリストのいのちを共有するのです。それは、ぶどうの木の根から幹を通って枝へと流れるいのちです。パウロは、ローマ人への手紙8章10節で、そのいのちは聖霊であると言っています。御霊はいのちです。
*Prayer Response
イエスさま、あなたの犠牲を感謝します。私は、ぶどうの木のいのち、つまり聖霊が私の内に流れていると宣言します。私は信仰によって義とされました。アーメン
私は祈りました
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