辱めを耐え忍ぶ

デレク・プリンス
のように
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*First Published: 2008
*Last Updated: 2026年3月
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キリストの十字架上の苦しみの重みは、頭に押し付けられたいばらの冠から、全ての恥を伴う裸の姿まで、しばしば見落とされます。この残酷な現実は、彼の愛の深さを示し、私たちのために恥を軽視した理由を明らかにします。
ゲッセマネの園でイエスが捕えられた後に起こったことを見てみましょう。ポン ティオ・ピラトはイエスを処刑するために兵士に引き渡しました。
それから、総督の兵士たちはイエスを総督官邸の中に連れて行き、イエスの周 りに全部隊を集めた。そしてイエスが着ていた物を脱がせて、緋色のマントを 着せた。それから彼らは茨で冠を編んでイエスの頭に置き、右手に葦の棒を持 たせた。そしてイエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」と言って、 からかった。またイエスに唾をかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたいた。[葦 の棒で叩かれるたびに茨の冠がイエスの頭に深く食い込んだことを忘れないで ください]こうしてイエスをからかってから、マントを脱がせて元の衣を着せ、 十字架につけるために連れ出した。彼らはイエスを十字架につけてから、くじ を引いてその衣を分けた。それから腰を下ろし、そこでイエスを見張っていた。 (マタイ27:27-31、35-36)
イエスはこの場面で実際、二度裸にさらされました。そして兵士たちは十字架に かけられたイエスを三時間の間、座って見ていました。十字架にかけられたイエス を描いた絵のほとんどは、小さな腰布をつけています。しかし、腰布はありません でした。完全に裸にされました。イエスの屈辱的な姿は、イエスをあざけりながら 通りかかったすべての人にさらされました。
ヘブル人への手紙はこの真理を強調しています。
「信仰の創始者であり完成者で あるイエス・・・この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものとも せずに十字架を忍び」
*Prayer Response
イエスさま、あなたの十字架のみわざを感謝します。私は、イエスさ まが私のために辱めを受け、十字架と辱めを忍んでくださったことを宣言します。 イエスさまは、私に神の栄光を与えるために、私の辱めを負われました。アーメン。
私は祈りました
のように
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