聖い者として召される

私は聖なる者です 

パウロは、ローマにいる信者たちを「神に愛され、召された聖徒たち」と表現しています(ローマ1:7)。「聖徒」とは、簡潔に言えば「聖なる者」という意味です。

聖さは、一握りの信者しか得られないような特別な資質ではなく、むしろすべての信者に期待されているものです。パウロは、他の者たちには手に届かない超階級の信者のことを言ったのではありません。彼はすべての信者が聖なる者とされると考えていました。

イエス・キリストへの信仰という福音の招きを受け入れる時、神はあなたを聖なる者と呼んでくださいます。あなたは聖霊と義に従う準備ができている、聖別された者なのです。あなたは自分自身を見て、「私はあまり聖い者とは思えない」と言うかもしれません。しかし、パウロが言ったことを思い出してください。神は「無いものを有るものとして召される」(ローマ1:17)のです。神はアブラハムに息子が生まれる前に、「多くの国民の父」と呼んだのです。(創世記17:4-5を参照)。

神があなたを何かの名前で呼ぶときは、そのような者にしようとしておられるのです。神があなたを聖なる者と呼ぶとき、あなたは聖なる者です。神がそうなるように呼んだからです。人生において聖なる者となるには時間がかかるかもしれませんが、神はあなたをそうすると決めたのです。

【祈り】

イエスさま、私を召してくださったことを感謝します。神さまは、私の人生であなたの召命を実現してくださると宣言します。それは、私が聖なる者とされているからです。アーメン。

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