罪を光のもとに持ってくる

デレク・プリンス
*First Published: 2008
*Last Updated: 2026年3月
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交わりは光の場所です。これが、交わりが試練の場である理由です。交わりが深まり、隠し事がなくなる地点まで、光は明るさを増し続けます。影がなく、覆い隠されているものがないことは、私たち人間にとって恐ろしい場所かもしれません。しかし、そこは、イエスの血がきよめの機能を完全に果たす唯一の場所なのです。あなたがきよめを望むなら、それは光の中で行われることを忘れないでください。もし、神や隣人に対して罪を犯しているなら、あなたは光の中にいるとは言えません。そして、血は、光の外では決して機能しないのです。
では、どうすればよいのでしょうか。光のもとに来ることです。自分の罪を告白し、神の前でその罪を認めることです。それは通常、肉的な人間にとって最も難しいことです。光はとても明るく思えます。あなたは、あの恐ろしく忌まわしい記憶、あの罪深い秘密を光のもとに持ってくることはできないと思うかもしれません。そうしたくないというのが通常の反応でしょう。しかし、それが光のもとにさらされると、血がそれをきよめるので、消し去られます。光のもとに持って来なければ、それはそのまま残ります。これは重要な原則です。血は、光の中でのみ機能するのです。
私たちが光の中を歩んでいるという条件を満たしているなら、私たちは仲間の信者たちと交わりの中にあり、これを私たちの証しとしてきよめを求めることができます。
*Prayer Response
感謝します、主よ、イエスの血のために。今、私は恐ろしい思い出や隠れた罪(ここに述べる)を光に持ち出し、それらをイエスの光と彼の血の清めにさらします。イエス・キリストの血、神の御子は、私をすべての罪から常に清めてくださいます。アーメン。
コード: WD-B097-025-JPN